| 2009 |
| 01,06 |
過去の写真たち
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http://www.facebook.com/photos.php?id=562998380
これをどうまとめるか、悩み中。
これをどうまとめるか、悩み中。
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| 2008 |
| 06,16 |
今日もギンレイ。
『earth』と
『潜水服は蝶の夢を見る』
の二本立てなり。
earthは、はじめすごくのんびりしていて、
白クマ親子のほのぼのした情景あたりから
ついうとうと。。。しかし、後半は激しかった。
よくこんな映像とれるな~と思って。
ライオンと象、チーター、そしてホオジロザメ。
あとヒマラヤ山脈を越えてインドに渡るアネハヅル。
ザトウクジラの母子。
やっぱり母は強し、だね。
母親が3ヶ月間とか何も食べずに子供を守る。
そういえば、earthには出てこなかったけど、
ウミガメも、卵でお腹がパンパンになって、
何ヶ月も何も食べずに産卵にやってくるんだ、と聞いたことがある。
極楽鳥の求愛ダンスは可愛すぎて笑えた!
そうそう、ドキュメンタリーだしすごく深いんだけど、
だからといって深刻さばかり訴えるのではないところが良かった。
でも、こんなに微妙なバランスの上で自然界は動いているんだよ
っていうメッセージはすごく伝わってきた。
温度が1℃変わるだけで、雨季が一日でも短くなるだけで、
生態系に大きな影響を与えてしまうんだよって、
こんなにも多くの命が私たちの肩の上に今まさに
乗っかっているんだよっていうのは痛いほど感じました。
潜水服も良かった!
papillonって言葉好き。
フランス語が心地良かった。
E S A R I N T…
人生は無限だ。
『earth』と
『潜水服は蝶の夢を見る』
の二本立てなり。
earthは、はじめすごくのんびりしていて、
白クマ親子のほのぼのした情景あたりから
ついうとうと。。。しかし、後半は激しかった。
よくこんな映像とれるな~と思って。
ライオンと象、チーター、そしてホオジロザメ。
あとヒマラヤ山脈を越えてインドに渡るアネハヅル。
ザトウクジラの母子。
やっぱり母は強し、だね。
母親が3ヶ月間とか何も食べずに子供を守る。
そういえば、earthには出てこなかったけど、
ウミガメも、卵でお腹がパンパンになって、
何ヶ月も何も食べずに産卵にやってくるんだ、と聞いたことがある。
極楽鳥の求愛ダンスは可愛すぎて笑えた!
そうそう、ドキュメンタリーだしすごく深いんだけど、
だからといって深刻さばかり訴えるのではないところが良かった。
でも、こんなに微妙なバランスの上で自然界は動いているんだよ
っていうメッセージはすごく伝わってきた。
温度が1℃変わるだけで、雨季が一日でも短くなるだけで、
生態系に大きな影響を与えてしまうんだよって、
こんなにも多くの命が私たちの肩の上に今まさに
乗っかっているんだよっていうのは痛いほど感じました。
潜水服も良かった!
papillonって言葉好き。
フランス語が心地良かった。
E S A R I N T…
人生は無限だ。
| 2008 |
| 06,15 |
«海の家撤退»
夏を待たずして撤退しましたー!ちょっと無念。
でも新しいスタートです。
今日もよく歩いた。
借りていたトライチハウスから、
最寄の駅まで徒歩30分。
汗だく。筋肉痛の足を引きずりながら。
でも、素敵な田んぼに出会えました。


帰りにいとこの息子の誕生会に合流するはずが、
駅を間違え、4年に一度の祭りに巻き込まれ。。。

大変な熱気でした。
千葉やっぱり面白いな。
ところで、行き帰りの電車の中で、
京セラの稲盛会長の「人生の王道」を読みました。
いろいろと共感するところはあったんだけど、特に
天国と地獄について書かれた部分がとても印象に残りました。
雲水:地獄、天国と言いますが、そんなものは本当にあるんですか?
老師:たしかにある。でも、天国も地獄も、一見したところ見分けはつかん。
天国も地獄も、住む環境は何も変わりはせんのだよ。いただくご飯も、
寝るところも同じ。でも、ただひとつだけ大きく違うところがある。
そこで、老師は例え話を始めます。
「あるとき、天国に住む人たち、地獄に住む人たち、両方にご馳走が出た。
釜ゆでのおうどんだ。
大きな大きな釜のなかに、おうどんがグラグラとゆだっている。地獄界に
いる人たちは、釜のまわりをぐるりと取り囲み、早く茹であがらないか、
まだか、まだかと待っている。さあ、ゆであがった。だけれども、食べる
にはルールがあって、1メートルもの長いお箸を使わなければならない。
地獄界の人たちは、われ先に食べようとするのだけれど、お箸が長すぎて
うまく手元の付け汁のつけられない。あっちにツルツル落ち、こっちにツ
ルツル落ちてしまって、一向に口に入らない。
ひょっと向こうの奴を見ると、長いお箸を使って、自分の前にあるうどん
をつかもうとしている。あっ、これはオレのだ! とばかりにそれを邪魔
する。向こうの奴も、なんだ! と応酬する。ひとりがうまく付け汁につ
けて、さあ、口に運ぼうと思った瞬間、それを見た奴が、オレがうまく食
べられないのに、あいつだけに食べさせるわけにはいかん、と邪魔する。
それに応酬する。お釜のまわりで、みんながケンカを始め、あちこちにお
うどんが散らばるわ、付け汁はひっくり返すわ、阿鼻叫喚の巷と化す。結
局、おうどんは誰の口にも入らずに、食事の時間が終わってしまう。
一方、天国界に住む人たちはどうだろうか。地獄界と同じように、大きな
釜におうどんがゆでられている。もちろん、天国界の人も1メートルのお
箸を使わなければならん。さあ、ゆであがった。天国界の人たちも長いお
箸を使っておうどんをつかむのだけれども、それを自分の付け汁にはつけ
ようとしない。向かい側の人の付け汁につけて、それを向かい側の人の口
に運んであげる。『ああ、ありがとうございました。美味しゅうございま
したよ。どうぞ、次はあなたも』
お釜を取り囲む人たちがみんな、互いに向かい側の人に食べさせてあげる。
やがてお釜のおうどんはきれいになくなり、『今日のおうどんは美味しゅ
うございましたね』と、みんなが満腹する」
何だかとても納得のいく話なのでした。
だって、死ぬ時に誰かが「あんたは天国、あんたは地獄」と
振り分けるとは思えないもん。
それと同じで、現実の世界も、誰かが特別優れた能力を持っているとか
あの人は運がいいとか、そういうのは見せかけにすぎなくって、
みんな同じだけ幸せと不幸の要素を持っているんじゃないかなぁと思う。
そのどっちの要素を見て生きていくかは、自分次第なんだろう。
でも新しいスタートです。
今日もよく歩いた。
借りていたトライチハウスから、
最寄の駅まで徒歩30分。
汗だく。筋肉痛の足を引きずりながら。
でも、素敵な田んぼに出会えました。
帰りにいとこの息子の誕生会に合流するはずが、
駅を間違え、4年に一度の祭りに巻き込まれ。。。
大変な熱気でした。
千葉やっぱり面白いな。
ところで、行き帰りの電車の中で、
京セラの稲盛会長の「人生の王道」を読みました。
いろいろと共感するところはあったんだけど、特に
天国と地獄について書かれた部分がとても印象に残りました。
雲水:地獄、天国と言いますが、そんなものは本当にあるんですか?
老師:たしかにある。でも、天国も地獄も、一見したところ見分けはつかん。
天国も地獄も、住む環境は何も変わりはせんのだよ。いただくご飯も、
寝るところも同じ。でも、ただひとつだけ大きく違うところがある。
そこで、老師は例え話を始めます。
「あるとき、天国に住む人たち、地獄に住む人たち、両方にご馳走が出た。
釜ゆでのおうどんだ。
大きな大きな釜のなかに、おうどんがグラグラとゆだっている。地獄界に
いる人たちは、釜のまわりをぐるりと取り囲み、早く茹であがらないか、
まだか、まだかと待っている。さあ、ゆであがった。だけれども、食べる
にはルールがあって、1メートルもの長いお箸を使わなければならない。
地獄界の人たちは、われ先に食べようとするのだけれど、お箸が長すぎて
うまく手元の付け汁のつけられない。あっちにツルツル落ち、こっちにツ
ルツル落ちてしまって、一向に口に入らない。
ひょっと向こうの奴を見ると、長いお箸を使って、自分の前にあるうどん
をつかもうとしている。あっ、これはオレのだ! とばかりにそれを邪魔
する。向こうの奴も、なんだ! と応酬する。ひとりがうまく付け汁につ
けて、さあ、口に運ぼうと思った瞬間、それを見た奴が、オレがうまく食
べられないのに、あいつだけに食べさせるわけにはいかん、と邪魔する。
それに応酬する。お釜のまわりで、みんながケンカを始め、あちこちにお
うどんが散らばるわ、付け汁はひっくり返すわ、阿鼻叫喚の巷と化す。結
局、おうどんは誰の口にも入らずに、食事の時間が終わってしまう。
一方、天国界に住む人たちはどうだろうか。地獄界と同じように、大きな
釜におうどんがゆでられている。もちろん、天国界の人も1メートルのお
箸を使わなければならん。さあ、ゆであがった。天国界の人たちも長いお
箸を使っておうどんをつかむのだけれども、それを自分の付け汁にはつけ
ようとしない。向かい側の人の付け汁につけて、それを向かい側の人の口
に運んであげる。『ああ、ありがとうございました。美味しゅうございま
したよ。どうぞ、次はあなたも』
お釜を取り囲む人たちがみんな、互いに向かい側の人に食べさせてあげる。
やがてお釜のおうどんはきれいになくなり、『今日のおうどんは美味しゅ
うございましたね』と、みんなが満腹する」
何だかとても納得のいく話なのでした。
だって、死ぬ時に誰かが「あんたは天国、あんたは地獄」と
振り分けるとは思えないもん。
それと同じで、現実の世界も、誰かが特別優れた能力を持っているとか
あの人は運がいいとか、そういうのは見せかけにすぎなくって、
みんな同じだけ幸せと不幸の要素を持っているんじゃないかなぁと思う。
そのどっちの要素を見て生きていくかは、自分次第なんだろう。
| 2008 |
| 06,14 |
«清麻呂公園にて»
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